1981年.2年間無災害記念植樹

写真 無災害2年間達成記念樹 1981.2.25社内報「光和」から。サンコジュは白い花が咲き赤い実をつけるが、粉塵被って造花のようになり枯れてしまった。
写真 無災害2年間達成記念樹 1981.2.25社内報「光和」から。サンコジュは白い花が咲き赤い実をつけるが、粉塵被って造花のようになり枯れてしまった。

2017/2/8 07:18

創立来初めて2年間休業災害の記録(1980年昭和55/12/21)

 

   光和精鉱は昭和56年1月13日、前年の昭和55(1980年)12月21日で2年間無災害達成して社長表彰がおこなわれた。当時の小笠原正巳社長が戸畑製造所長の吉永博一を表彰しました。満2年間の無災害継続記録は会社創立(昭和36年2月10日)の初めのことでした。この表彰には記念金も記念品もなかった。財務状態は脆弱ですから記念植樹だけだったと記憶します。

 

 昭和53年3月に社員の3割、83名の人員削減をした直後に、皮肉にも金銀建値の高騰により、累損を一掃して会社収支は黒字化します。そこで、労働組合は、黒字転換祝い金を要求し、会社は昭和55年2月10日創立記念日に5職以下1万円、6級職1.5万円の記念金が支給されました。

 

   災害表彰後、しばらして記録更新は中断します。その後も何回か1年間無災害、完全無災害は達成しますが、昨年の1/1起算日としての1年間無災害表彰現金支給は異例なことです。社長・石橋幸雄氏の意図するところは知る由もありません。記念金は、ベア0で僅かな住宅手当改定+500円/月の目くらましだったような気がします。

 

 今般、光和精鉱は、2017/2/7延べ1000日無災害達成は快挙です。しかし、顕彰行事も記念金もないみたいです。無災害表彰規程ありますが特別表彰や業務表彰はその時々の社長の気分次第です。2017/5/23の3年間無災害記録表彰規則によけば3000円です。

 

 過去ブログ⤵

2016年02月09日 - 無災害表彰金、創立記念日に支給

今はもうなくなった硫酸工場 社内報1980.1.1号から
今はもうなくなった硫酸工場 社内報1980.1.1号から